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殴る男と殴られる女の奇妙な共依存 ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]

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 パートナー女性への男性の暴力が社会問題化し始めたころ、加害経験のある男性を数人探し出して、徹底的に聞き取り取材をしたことがある。本音を話すまで、何回でも何時間でも話を聞いた。なぜ女性に暴力を振るうのか、男性側の心理的な要因を探りたかったからだ。もう10年前の話だ。

 高校生から40歳まで、何人かインタビューを重ねるうちに、いくつも共通点があることに気付いた。

 彼らは一様に温厚、にこやかで礼儀正しい人物だった。知的職業に就いている人もいた。一見して粗暴な男性など一人もいなかった。

 話す内容もよく似ていた。殴ればパートナーに嫌われるのは分かっている。が、殴らずにはいられない。暴力をふるっている間も「こんなことしちゃダメだ」と思っている。

 が、自分の体をコントロールできない。理性が吹き飛んでしまう。我に返った瞬間、激しい自責と後悔の念でいたたまれなくなる。土下座しながら泣いて謝る。頼むから捨てないでくれ。反省してやり直すから。

 しかし、しばらくするとまた同じ暴力に戻っていく。結末はどれも悲惨だった。

 女性が目の前で手首を切る。それを見て逆上し、相手の腿を包丁で刺した。相手の肋骨が数本折れ、全治2ヶ月の重傷を負わせた。

 そんな話が終わると、最後にはみんな涙を流し、顔を歪めて絞り出すように言う。その言葉も驚くほど似ていた。

「今でも彼女を愛しています」「いけないと思っているのに手が出ちゃう。本当に苦しいです」「僕は鬼です。人間じゃない」「自分が怖い」。

 それが弁解や虚勢ではなく本心であることは、その態度や表情から見て取れた。奇妙に聞こえるかもしれないが、暴力を振るう側も苦しんでいた。

 この「自分で自分がコントロールできず苦しむ精神状態」は「こころの病」ではないのか。薬物やセックスへの「依存症」の取材の経験があった私はそう感じた。

 被害者をかくまう「シェルター」はあちこちにでき始めていた。が、暴力を振るう男性は「凶暴」と非難されるだけで、その「暴力というこころの病」への治療はないも同然だった。
 
精神分析学や臨床心理学の専門家に取材を重ねてみると、思った通りの答えが返ってきた。

 男女を問わず、人間は「無意識(意識下)」という心の領域に「自分はこうあるべきだ」という理想像を持っている。それを実現するため「恋人、妻(夫)、夫婦はこうあるべきだ」という理想像をパートナーにも求める。これが心理学用語でいう「ファンタジー」だ。

「ファンタジー」は、成育の過程で自分の父母の夫婦関係や自分との親子関係から形成される。

 だから「こんな親は許せない」「こんな女性は耐えられない」という怒りや憎悪の要素も含まれている。

 ふだんは本人も意識しない「意識下」に押し込められているが、何かの拍子でその栓が外れ、理性を吹き飛ばしてしまうことがある。

 きっかけは些細なことだ。言われたくないことを言われた。下着の脱ぎ方が乱雑だ。窓の開け閉めが乱暴だ。

 男性が持つ「ファンタジー」を女性が乱したとき、理想と一致しない現実を破壊しようとする。その「現実を破壊して、なかったことにしようとする」行動が、暴力の正体だ。専門家は口を揃えた。

 一組だけ、暴力を加えられている女性も一緒に取材に応じたカップルがいた。男性がその暴力歴を話し終えたあと、女性も口を開いた。するとこんな言葉が繰り返し出てくる。

「私がいないと、カレ、だめなんです」「こんなわがままなひとを愛せるのは、私しかいません」。

 そう言うときの彼女は実に幸福そうな表情をしていて、奇妙だった。

 こうした被害者側の心理を「共依存」と呼ぶ。専門家はそう教えてくれた。暴力、薬物依存など問題のある男性を支えてみせることで、自分の存在を確認しようとする無意識の行動であり、男性への歪んだ「心理的支配」でもある。

 パートナーの暴力にもかかわらず、その関係が意外に長く続く(私が取材した例では、暴力が日常的に繰り返されるまま4年間同居したカップルもいた)理由には、こうした被害者独特の心理も背景にある。(もちろん、恐怖で行動や思考が停止してしまう例もある)。

 こうした「負の心理的相互依存」を断ち切らないと、事態は悪化する一方になる。最悪のシナリオは、被害者による逆襲も含め殺人や傷害などの刑事事件だ。最近、それが増えているような気がする。


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