インターネットに自由の危機が来ている ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]

3回ほど前の本欄で、検索エンジン「ヤフー」や「グーグル」が中国政府の情報統制に協力している疑いがある、という話を書いた。中国で「チベット独立」「天安門事件」なんてキーワードで検索しても、政府寄りのサイトしかヒットしないのだ。
インターネットで市民が手に入れる情報を、政府が自分の都合のいいようにコントロールしようとしている例として覚えておいてほしい。
「でも日本は中国とちがって政府が検閲なんてやらないし、やっぱり自由な民主主義国はいいよね」。
そう思いますか? ちょっと待った。
日本ではインターネットでどんな情報でも自由に手に入る権利が保証されているのだろうか。
そんなに事態は楽観的ではない。実は、日本でもインターネット規制の動きは始まっているのだ。
気をつけた方がいいのは「総務省」の動きだ。
総務省はかつて「郵政省」と呼ばれたころから、テレビ・ラジオ局の免許発行や電波の割り当てを一手に引き受けてきた、強力な権限を持つ官庁である。
そう、郵政省=総務省は郵便屋さんの親分じゃない。その正体は、マスメディアに強力なコントロール権を持つ『情報産業省』なのです。
その最高責任者である総務大臣は内閣総理大臣が任命する。つまり与党政治家の直轄領だ。
その政治家の直轄領官庁が、放送やインターネット上での自由を規制する法律を作ろうとしている。そんな妙な動きがあるのだ。
「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」という研究会が総務省にある(名前がややこしいのは、それだけで国民の関心が低下するという官僚がよく使う作戦なのでご辛抱を)。
総務省が「インターネットを含めたマスメディアに流れるコンテンツを規制する法律案の下ごしらえをする集まり」と考えてもらえればいい。
07年12月、この研究会が背筋の寒くなるような最終報告を出した。
「憲法上の『表現の自由』との関係では、名誉毀損、わいせつ物、犯罪のせん動など、表現活動の価値をも勘案した衡量の結果として違法と分類されたコンテンツの流通は、そもそも表現の自由の保障の範囲外であり、規制することに問題はない」
驚くほかない。報告書は「名誉毀損、ワイセツ、犯罪をあおるコンテンツなんか、憲法が保障する言論・表現の自由の対象外だ」と言い放っているのだ。
ムチャクチャな暴論である(日隅一雄著「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」現代人文社)。
「どこがおかしいの? わいせつ物って、ポルノでしょ?ポルノは規制されてもしょうがないんじゃない?」と思うあなた。
米国の写真家ロバート・メイプルソープの写真集を見たことはありますか? ゲイだったメイプルソープは、男性の裸体を美しいオブジェとして撮影しましたよね。
当然そこにはペニスも写っている。そのメイプルソープの写真集を「わいせつ物」と最高裁が判断したのは、1999年。
ところが、9年後の08年2月には、同じ最高裁が「わいせつ物ではない」という判決を下している。
そう「わいせつ」と「芸術」の境界線なんて、時代によって刻々変動するものなのだ。
それをばっさりとひとまとめに「ワイセツだ!」と政府が非合法化し、インターネットやマスメディアから追放してしまったら、どうなるか。第二、第三のメイプルソープが永久に私たちの目に触れないまま葬られてしまうかもしれない。
こっそり「名誉毀損」なんて項目が挿入されているのも怪しい。
13人の死刑執行を指揮した鳩山邦夫法相を朝日新聞のコラム「素粒子」が「死に神」と揶揄した事件など、鳩山大臣がこのコラムの筆者を名誉毀損で訴えたらどうなるか。総務省の思惑通りの法律が成立した暁には、インターネットでは「言論の自由の範囲外」として法律違反になってしまう。
(注:このコラムを書いたあと、鳩山邦夫は総務大臣になった)
規制の網がかけられるのは、プロのジャーナリストだけではない。ブログの筆者にも同じ扱いが待っている。
匿名ブログだろうが、ISP法の開示請求で筆者が誰かを特定できるから、同じだ。
政治家批判だけではない。軽いノリで「Pってコンビニの弁当、腐ってたぞ!」「Qの化粧品を使ったらジンマシンが出たの〜」「Rホテルのサービス、マジ最悪」なんてことをブログに書いたら、そのP社やQ社やRホテルから名誉毀損訴訟を起こされるかもしれない。
いや「訴えられるかも」「法律違反になるかも」という恐怖が伝染するだけでいい。それだけで普通のブロガーたちは足がすくんで自主規制するだろう。
気をつけてほしい。言論・表現統制は必ず「わいせつ物」だとか「犯罪をあおる」だとか、いわゆる「有害コンテンツ」から始まる。誰も文句を言わないからだ。
そして、気付いた時にはすでに遅し。政治家や大企業、官僚、役所といった「力のある者」を批判する自由がごっそりと奪われているだろう。そんな日本に、あなたは住みたいですか?

Robert Mapplethorpe und die klassische Tradition
- 作者: Germano Celant
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