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米軍演習場のヘリ基地に反対したら国にスラップを起こされた住民 [一般記事]

 那覇からレンタカーを借りて北東に向かい、3時間走った。海岸を離れて山道をうねうね進むと海と山、両方の匂いがする。道の両側はブロッコリーのようなこんもりとした樹木で覆われている。

「やんばる」と地元で呼ばれる亜熱帯のジャングルだった。この原生林に広がる「北部米軍演習場」は、密林での行軍、渡河や兵員降下を訓練する「ジャングル戦訓練センター」(Jungle Warfare Training Center)である。七八平方キロメートル面積は、山手線の内側(六三平方キロ)よりまだ広い。

 この、立ち入れない原生林と海岸線で囲まれた場所に「高江」という人口百六十人の小さな集落がある。集落を見下ろす山林を切り開いて、直径75メートルのヘリ発着場が六カ所建設されようとしている。既存の発着場で撮影されたビデオを見ると、プロペラ二機の巨大なCH-46が離着陸し、地上では会話もできない。パイナップル畑を海風が渡り、横でヤギの親子が無邪気に遊んでいる静かな農村にはむごい轟音に思える。

 住民は二〇〇七年夏ごろから建設現場の入り口前にテントを張り、工事車両や作業員が現れて工事を始めないか(工事は予告なしに始まる)、見張りを始めた。来ると携帯電話で集落から住民を呼び、現場入り口の前の県道に並んで立ったり座り込んだりした。作業を担当する国(防衛施設庁)の職員や車両は中に入れない。とはいえ「小競り合い」はあっても「衝突」が起きたりしたことはない。けが人が出たことも、刑事告訴されたこともない。

 ところが国は民事訴訟に訴えた。まず、住民や那覇市の自然保護団体ら十五人を相手取って「通行妨害禁止仮処分」の申し立てを那覇地裁名護支部に起こした。〇八年十一月のことだ。

 ところが、国からの裁判書類を受け取った住民たちは仰天した。国が国民を相手に民事訴訟を起こすというだけでも驚きなのに、仮処分対象に選ばれた十五人の中に、反対運動のリーダーの一人、安次嶺現達さん(52)本人だけでなく、八歳の娘や妻まで入っていたからだ。「現場にいた人と背格好や服装が似た別人」まで入っていた。ふだんは穏やかに話す安地嶺さんも、話がこの点に及ぶと憤りがあらわになる。

「八歳の娘まで裁判にされるんですよ。訴えにある日時には現場にさえいなかった。『こんなことをす
ると、家族も狙うぞ』という国の脅しにしか思えませんよ」

 さすがにこの仮処分申請は、裁判所が十五人のうち十三人を却下した。が、安次嶺さんと、もう一人の住民•伊佐真次さん(48)だけは運動のリーダーであるという理由で仮処分を認めた。そして国は今年一月、二人を被告に「通行妨害禁止」を求める本訴訟を那覇地裁に起こした。

 この提訴は「米軍に施設を提供している」立場の防衛施設庁=国が原告だ。「私人と私人の紛争を解決する手段」である民事訴訟の原告が国というのが奇異なら、国が税金を使って納税者である国民を訴えたというだけのもまた奇妙だ。

 しかも、訴状に記載されている代表者は「法務大臣 千葉景子」。つまり民主党政権が起こした訴訟なのだ。鳩山政権が普天間基地移設問題に取り組んでいるかのように耳目を引く一方で、別の米軍基地に反対する住民に民事訴訟を起こしていたとは幻滅した。

 私が那覇を訪れた七月二十三日、ちょうどこの本訴訟の3回目の口頭弁論が那覇地裁で開かれていた。朝十時の裁判所前の集会に間に合わせるために、住民たちは七時前に高江を出発した。弁護士たちも那覇市にいる。打ち合わせもすべて往復6時間だ。集まるのも大変だ。

「今も稲刈りでいちばん忙しいのに、片道三時間かけて来るんですよ。やり
たい仕事があるのに、できない」(安次嶺さん)

「弁護士費用は弁護団の好意で何とか助かっています。でも、こんな裁判、もともと嫌がらせ以外の何ものでもないじゃないですか。これこそSLAPPというんでしょう?」(伊佐さん)

 この「高江米軍ヘリ発着場訴訟」は、アメリカの法理である「SLAPP」(公的な意見表明を妨害するための民事訴訟)にぴったり当てはまる。

(1)ヘリパッド建設を推進する国=原告と、反対する住民=被告は「米軍ヘリ発着場の是非」という公的問題(パブリック•イシュー)の当事者である

(2)その公的問題についての批判や反対など、公的意見表明を契機に提訴される

(3)提訴によって、意見表明者に裁判コスト(時間や手間の消費、精神的•肉体的疲弊、弁護士費用など)という苦痛を与える。

 SLAPPがアメリカで危険視されているのは、憲法で保障されている「言論の自由」という正当な権利を行使しているのに、裁判コストという罰を加えられるからだ。その結果、被告にされた人たちのみならず、潜在的な批判者や反対者も恐怖を感じて発言を控える。かくして提訴は自由な意見表明を抑制し、憲法が保障する権利を侵害してしまう。

 この権利侵害を防止するため、アメリカ本国では一九九〇年代初頭から28州•地域で反SLAPP法が整備された。初めての反SLAPP連邦法もワシントンの連邦議会で審議中だ。訴えられた側が「この提訴はSLAPPだ」という動議を出し、裁判所が認めれば、裁判は三〜六ヶ月で棄却されてしまう。が日本にはSLAPPという法理も言葉もない。「不当な提訴なら裁判所が棄却する」という建前なので、審理が始まり、裁判コストが被告にのしかかる。

 もう一つの問題は「大きな公的論争が裁判上の論争に矮小化されてしまう」ことだ。高江の訴訟で争われているのは「X年Y月Z日に、工事現場前でPさんは通行を妨害したのかどうか」という論点だ。しかし、それと「高江にヘリ発着場を建設するべきなのか」「沖縄の米軍基地は現状のまま、あるいは増えてもいいのか」「日本の安全保障という国益に在日米軍はこれ以上必要なのか」という「公的な論争」にはまったく関係がない。仮に住民側が負けても「ヘリ発着場を建設してもよい」ことにはまったくならない。「SLAPP」という概念を提唱した法学者のジョージ•プリング教授はこれを「論点すり替え戦略」(dispute transfer strategy)と呼び、SLAPPの危険性として警告している。

 また提訴することで原告側は「裁判が係争中なのでコメントしない」と説明責任を回避できる。世論は「訴えられるぐらいだから、住民運動にも何か落ち度があったのだろう」と思い込む。訴訟に巻き込まれることを恐れて報道も沈静化してしまう。提訴は、何もかもが原告に有利に働くのだ。

 それにしても、反SLAPP法の先進国である米国軍隊の演習場整備のためにSLAPPが起きるとは皮肉の極みだ。この矛盾をどう理解したらいいのか、神奈川県横田基地にある在日米軍司令部に英文メールで問い合わせてみた。すると広報部名義(個人名なし)でこんなメールが来た。

「本件は係争中であり、また米国が該当者として関わっている件ではないことから米側からコメントを出すことは不適切であると判断致します」

「該当者ではない」という説明を受けて「日米地位協定から見てもおかしいのではないか」と協定の全文をつけて再質問したが、十月十九日現在返答はない。

(週刊金曜日)

上関原発 反対運動へ 中国電力が提訴した SLAPP訴訟 [一般記事]

上関原発 反対運動へ 中国電力が提訴した SLAPP訴訟

 私は原発否定論者ではない。だが「上関原発」の予定地の浜(山口県熊毛郡上関町)に立った時には「何で選りによってこんな場所に」とため息が出た。

 風と波が刻んだ渚は、山水画のように美しい。透明な海水の中を魚の群れがきらきらしているのが見える。コンビナートで埋め尽くされていると思っていた瀬戸内海に、こんなに美しい浜が残っていたとは知らなかった。

 山陽本線の「柳井港」から七十人乗りの定期船に一時間半乗って、原発予定地の対岸にある離島「祝島」に渡った。人口約五百人。都心の中型マンション一軒分くらいの人数だ。島に信号機はない。コンビニもない。自動販売機は二台。しかも一台は壊れている。午後五時着の船から人が降り、港から消えると、ぱたりと静かになった。

「げんぱつ、はんたーい」「はんたあーい」

 月曜の夕方だった。港のすぐそばの街路を、お年寄り、こども、イヌまでがはちまきをして「原発反対デモ」で練り歩いていた。いつからやってるんですか、と尋ねると、おばあさんが「雨の日を除いて二十八年間、毎週。てことは千回以上かね?」と涼しい顔で言った。

 本土から瀬戸内海にゾウの鼻のように細長く伸びた上関町で、原発予定地はゾウの鼻の穴の部分に位置する。そして祝島は「鼻先」にある。町内で原発を正面に見ながら暮らすことになるのは、祝島だけだ。町内が賛成派:反対派=6:4から7:3くらいで激しく競り合っても、祝島だけが反対でほぼ団結しているのは、こうした理由もある。受け取れば組合員一人あたり千三百万円弱が懐に入るのに、祝島の漁協は補償金約十億円を拒否している。

 こうして30年近く続いている「上関原発」反対運動に、事業主である中国電力が約四七九二万円の損害賠償訴訟を起こしたのは、昨年十二月のことだ。「反対運動によって工事が遅れ、損害が発生した」というのが中電側の主張する訴えの構図だ。被告になっているのは約八十人のうち四人。島民運動のリーダー格二人と、島で暮らしながら運動に参加している山口県と広島県のシーカヤッカー二人である。続けて中電側は、他の反対派住民も含めて海岸や周辺の海への立ち入りを禁止する仮処分申請を次々に起こした。 

 反対運動を警察や海上保安庁が逮捕したことはない。反対派は刑事告訴されたこともない。もし本当に「過激な反対運動」があったのなら刑事事件になるのが自然だ。

 民事提訴なら、刑事とちがっていつでも中電側が好きな内容で起こせる。刑事のような警察や検察が入らないので、内容にチェックもない。裁判所は民事訴訟が提訴されれば、書類の不備でもない限りそのまま審理を始める。それだけで、裁判コストは被告の上にのしかかる。

 祝島と本土の間は、一日に朝と夕方の二便しか定期船がない。裁判の法廷だけでなく、弁護士との打ち合わせですら、島民が通うのは大変な手間だ。

 私が島を訪れた八月下旬、ちょうど中国電力が起こした三つ目の仮処分申請を通知する書類が住民たちに届いた直後だった。被告になった住民たちは民家の一室に集まって夜六時から十時すぎまで対応を相談していた。

「私は長年やっているし、こういう事態を想定していたから、まだいいんです。でも応援に来てくれている人も含め、全体が弱気になって士気が下がるのが一番困る。運動の先頭に立っていてくれた人だけを狙い撃ちしていますから」

 被告の一人、漁業を営む橋本久男さん(58)はそう話す。

 訴えられた住民側から出る言葉は、意気軒昂に聞こえる。が、こうして対応に時間と労力を割かなくてはならないこと自体が、SLAPPの狙いである「裁判コストによる加罰」なのだ。当事者もなかなか気付かない。

 先号の「米軍演習場をめぐるSLAPP」では、提訴によって「在日米軍基地の是非」という「社会全体が議論すべき公的な問題」が「工事妨害はあったのか」という「裁判上の論点」に矮小化される「論点のすり替え」が起きていることを指摘した。上関原発訴訟でも同じ現象が起きている。

 中電側の訴状には「〇九年11月×日にP(被告)は作業クレーン船の作業をQして妨害した」といった「工事を妨害した事実」が書き連ねられている。が、例え中電側の訴えが100%正しかったとしても「上関町に原発を建設すべきなのか」「日本のエネルギー政策にこれ以上原発は必要なのか」といった公的議論にはまったく何の関係もない。「裁判所内の論争」にすり替えられてしまうのだ。しかもこれらの提訴事実はすべて原告が一方的に選んだ内容であり、意図的に原告に有利に組み立てられている。

 ところが、この裁判に負けると、被告である住民側が提起している「上関原発は必要なのか」という公的意見の正当性まで否定されたかのような印象を世論に与えてしまう。負けなくても、提訴されただけで「提訴された反対運動もよほどひどいことをしたのだろう」という偏見にさらされる。こうした「反対者•批判者の正当性を奪う」効果もSLAPP訴訟にはある。

 そのため、提訴された側は原告が選んだ提訴内容に反論、論破しなくてはならない。ビデオや写真を証拠提出して「工事妨害はなかった」「あっても適法である」と証明しなくてはならない。こうして被告側は疲弊し、消耗していく。

 こうした現象を「SLAPP」という法理を提唱したジョージ•プリング教授とペネロピ•キャナン教授は「事実争いの底なし沼」(fact quagmire)と呼んでいる。ここに反対者を引きずり込んでしまうこともSLAPPの構造なのだ。

「スクールバスのブレーキが故障している、子どもの送迎には危険だ、と親たちが教育委員会に改善を申し入れた。その親たちにバス会社が名誉毀損の裁判を起こした。そんなSLAPPが実際にありました」

 プリング教授は指摘する。

「しかし、裁判所にバスは直せません。バスの安全を確保することこそが公的な論点なのに、それは改善されないまま放置される。バスのブレーキの故障という本当の問題が偽装される。親たちの苦情の文言が名誉毀損かという馬鹿げた裁判上の論点にすり替えられ、被告はその反論を必死でしなくてはならない」

 SLAPPにはまだ悪影響がある。(1)時間、金銭など資源の無駄遣い。被告にとっても裁判所にとってもそれは同じ。(2)批判や反対を沈黙させ、民主主義にダメージを与える。(3)裁判制度というパブリック•システムへの信頼を損なう。プリング教授の指摘は日本で現実になっているように思える。

 そして、もっとも深刻なのは、裁判所への信頼が破壊されていることだ。上関原発訴訟でも沖縄の高江米軍演習場訴訟でも、意見表明の抑圧に民事裁判が悪用されているのに、裁判所は考慮しない。法廷外の裁判コストも考慮しない。最悪の場合は被告を敗訴させる。これでは「裁判所は憲法23条が保障する言論の自由を守らないどころか、破壊している」と認識される。裁判所が「民主主義の砦」どころか「敵対派」として機能してしまう。

「SLAPPを防ぐのは、被害者を守るためではない。民主主義を守るためなのです」(プリング教授)
 SLAPP訴訟の「本当の敗者」は「裁判制度」と「民主主義」なのだ。

(週刊金曜日)
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