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ナビゲーター文化はなぜ生まれるのか ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]

情報の流通量が増えると「情報の海」を案内する「ナビゲーター」(navigatorの原義は『航海士』『水先案内人』の意味)が重要な職業になる。

情報のカオス(無秩序状態)の中で「あなたにはこういう商品・消費形態が良いのでは」とパーソナライズした情報を提案してくれる職業だ。

音楽の例が分かりやすい。日本では1年に1万9445点(2008年)の新しいレコードが発売される。

年約2万点だから、一日に換算すると約53点が洋楽・邦楽ジャンル問わず発売され続けている計算になる。

この「新譜約2万点」というペースは1970年代からほぼ一貫して変わっていない。

当然、市場に流通するレコードの点数は増えるばかりだ。

私が大学を卒業した1986年には、市場に流通するレコードの「カタログ数」は10万4703点だった。

それから22年後、08年には15万4582点に膨れ上がっている。

つまり若者だったころの私と比べると、08年時点の若者は聞く対象が1.5倍に膨れ上がった計算になる。

冗談でも皮肉でもなく「最近の若い人は大変ですね」と言いたくなる。

この数字は日本レコード協会の統計なので、協会に加盟していないインディーズを合算すれば数字はもっと膨らむだろう。

CDは出していないがインターネットで話題、などという新しい形のミュージシャンも増えているから、もはや普通の人には付いていけない。

カタログ数が増え、メディアも複数併存する状態では、そこさえ見れば「何が流行っているのか」を教えてくれる情報の中心(ヒットチャート、音楽番組、雑誌など)ももはや存在しえなくなってしまった。

そのカオスの中から登場したナビゲーター職が「クラブDJ」だ。かつて人前で音楽を実演するために必要な能力は演奏力や歌唱力だった。が、音楽情報のカオスの中では膨大なアーカイブから「選曲する力」=「カタログ知識」も音楽家として重要な能力になりうる。

また「音楽を聴く」というマーケットも大衆化して非常に分厚い。だから今ではクラブDJは「クラブ」だけではなく、ごく身近な結婚式にまで進出している。

よく考えてみると「ナビゲーター職」は昨今始まった現象ではない。「カタログ数が膨大」で「消費者の数が急増」(大衆化)した商品にはナビゲーター職が発生している。例えば、ワインのソムリエは「膨大なカタログの中から客の要望に合ったワインを選ぶ」という業務内容がナビゲーターそのものだ。

おもしろいのは、最近市場がビッグバンを迎えてナビゲーターが登場した商品だ。意外な顔ぶれだが「金融」と「書籍」がそうだ。
金融市場が自由化されたので、かつてはせいぜい「銀行預金を普通にするか定期にするか」くらいしか選択肢のなかった個人資産の運用手段が無数に増えた。また、終身雇用制度や企業年金が崩壊したので、需要=マーケットも分厚い。銀行や証券会社は個人の資産運用をアドバイスする「パーソナル・ファイナンス」を重要な業務に据え始めた。

株・債券・銀行預金・不動産・先物取引や保険など、金融商品を組み合わせて顧客に合った資産運用を提案する仕事。ちなみにパーソナル・ファイナンスでのナビゲーター職は「ファイナンシャル・プランナー」と呼ばれる。

書籍の世界では、読者の要望に応えて「こんな本を読むといいですよ」と提案する「ブック・ディレクター」という職業が登場した。

「本のクラブDJ」とでもいえばいいだろうか。そう思って、さきほどの音楽と同じ数字を調べてみると、一年に出版される新しい書籍の数は7万6322もある(08年、出版科学研究所。1万7644点の1968年から4倍に増加)。レコードの4倍近い「本の洪水」だ。

加えてアマゾンなどインターネット書店が普及したため、本の買い方も激変した。

かつて本を書店で買うしか流通経路がなかったころは新刊本を扱う「書店」と古書を扱う「古本屋」は店舗も客もまったく別々に分断されていた。ところが、ネット書店上では新刊本も古書もフラットリー・イコールで、商品としては違いがない。

読む対象は「過去すべてのアーカイブすべて」に膨れ上がってしまった。消費者は混乱する一方である。

こうして、インターネットがマスメディアとして普及すればするほど、無加工の一次情報が洪水のように消費者に流れ込む。

しかし普通の消費者には情報の判別ができない。かくしてグルメ情報、コスメ情報、美容情報などが錯綜する中「グルメライター」「コスメジャーナリスト」「美容評論家」等々、これまで聞いたことのない「専門家」が続々に登場している。さらに細分化して「ラーメン評論家」まで職業として成立しているからおもしろい。

消費者がこうした「専門」に本当に判断力や見識があるかどうかを問うことはあまりない。

自分たちが情報洪水の中にいて、日常的に迷子のような不安感の中で暮らしている消費者にとっては「専門家が情報の洪水を整理して提供してくれている安心感」にこそ需要があるからだ。

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