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学校化社会の英語熱 ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]


80年代から90年代にかけて帰国子女や留学経験者が増えたため、英語で仕事をこなせる人は珍しくなくなった。

日本に住む英語系外国籍の人も増えたし、国際結婚も増えた。

日本人の英語コミュニケーションスキルはここ20〜30年でずいぶん向上した。個人的にはそう感じる。

それでもなお日本人の「英語勉強好き」は変わらないどころかヒートアップしているようだ。

「NOVA」が破綻した直後を除けば「英会話学校•語学学校」の市場規模はここ数年安定している。

少子化に平成大不況が加わって、教育産業が軒並み市場縮小に苦しむ中、これは奇跡的なことである。

幼児•子供向け、シニア向け英語教育の需要も増えつつあるそうだ。

さらに、ちまたでは「日本人は英語が下手」という俗説が今も根強い。繰り返し話題になるのは「日本人のTOEFLの平均点はアジアでも最低レベル」という話である。

「言語構造が似た中国や韓国よりはるかに下」「北朝鮮と同じくらいの点数」と、日本人の誇りをズタズタにするような話が追い打ちをかける。

最近では「アメリカ留学をいやがる草食系世代」という新たな神話も報道されている。

とはいえ、この比較は何だか変だ。

そもそも、日本国内で日常生活を送る限り、高度な英語のスキルは必要がない。

また沖縄を除けば、日本はシンガポールやフィリピン(TOEFLの点は日本より上)のように外国に植民地化された経験がない。

さらに人口増加を満たすだけの急激な経済成長があったので、韓国や中国のように貧困層が職を求めて海外に移民する必要もほとんどなかった。

つまり、教育にせよ就労にせよ、社会上昇の手段として英語をマスターする理由がほとんどなかったのだ。

「英語ができれば就職や職探しで有利」といっても、それで所得階層が格段に変わるわけでもない(日本では学歴の方が所得階層を決定する)。

つまり英語をマスターしても、日本人にはほとんど何の実利もないと言っていい。

1950〜60年代の高度経済成長期なら、まだ実利的な理由があった。貧乏な日本の製品を買ってくれる最大の金持ち国はアメリカであり、学ぶべき先端技術(当時は鉄鋼、機械、石油化学など重化学工業)もアメリカから来た。英語ができてアメリカの情報を早く知ることができれば、ビジネス競争で有利だったのだ。

しかし、そんな時代もとっくに終わってしまった。

今や中国が世界最大の経済大国になるのは時間の問題なので、若い世代の将来の仕事での有利不利を考えるなら、英語のほかに北京語の人気が急上昇してもいいはずだ。が、そうはならない。

相変わらず親たちが子供に習わせたがるのは英語である。

外国語をめぐる環境は激変したのに「英語ができなければならない」というオブセッションだけが亡霊のように一人歩きしている。

「日本人は英語が下手」なのではなく「日本人は英語が下手だと認識したまま変えることができない」と考えた方が正確なのではないか。

この社会を覆う「英語信仰」は一体どこから来たのか。

社会学者の上野千鶴子は「サヨナラ学校化社会」(太郎次郎社)の中で「学校化社会」という説を紹介している。

元々はイリイチというアメリカ人思想家が1970年ごろに提唱した言葉だが、日本では宮台真司が日本社会の特質として「学校化」という概念を使った。

つまり「学校の中の価値観が学校の外に溢れ出し、社会全体を覆うこと」を指す。

学校は「数学」「英語」「美術」「国語」など、人類の知の蓄積が「教科」というカテゴリーで分類され、人間の資質が「成績」という数字で計測される特殊空間である。

この「成績」(偏差値、学歴も成績の一種)が日本人にとって学校卒業後も有力な人間評価軸であることは、みなさんのごく日常的な経験でおわかりいただけるのではないか。

ゆえに、学校化社会で育った親は、自分が学校で叩き込まれた学校的価値をそのまま社会に持ち込み、他人や子供、そして自分自身の評価の基準にする。これが学校的価値観の社会への拡大、つまり学校化である。

ここで「英語」が学校の「教科」の一つであることに注目してほしい。

「教科」であるがゆえに、英語の「成績」は学校化社会での人間の評価に序列を与える。

「英語ができる」ことは、人間の資質として価値がある。「競争」という軸に置けば「優越」の材料になる。

ロシア語でもフランス語でも北京語でもなく英語が信仰の対象になり続けるのは、それが「中学や高校の教科にある唯一の外国語」だからではないか。
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