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中村中ってすごくいい歌い手だなあ [週刊金曜日連載ギャグコラム「ずぼらのブンカ手帳」]

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  二十余年前はパンクだデストロイだと若気の赴くまま大暴れしていた小生も、馬齢四十四のおっちゃんとなり、ロケンロー取材にもつらい場面が出て参ります。

 オール・スタンディング・ギグなど観賞しますれば、翌日は腰痛と足の筋肉痛で寝たきり状態。

 炎天下催される「夏フェス」に参加すれば、はしゃぎ回るヤングを横目に脱水状態でぐにゃぐにゃ。ついつい「後でスカパーで見よう」などと怠惰街道一直線となるわけです。

 が今年は行きました。夏フェスです。アジシオじゃなかった味の素スタジアムです。

 それも天下の「エイベックス」が催す「a-nation」です。オールスターです。浜崎あゆみ大明神です。花火ドンパチです。倖田來未観世音大菩薩です。カンカン照りです。ペンが汗でヌルヌルします。ぐわわ。

 あああ意識が混濁してきた。

 そんなおり、メインステージが機材入れ替えの幕間でした。横のサブステージに、黒いノースリーブのワンピースを着たきれいなお姉さんが出てきた。ピアノの前に座ると、涼やかなアルトで歌い始めた。栗色の髪が肩で揺れ、白い指が鍵盤の上を踊るさまが実に優雅です。

手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
笑われて
馬鹿にされて
それでも憎めないなんて
自分だけ責めるなんて
いつまでも
情けないね

(『友達の歌』)

 不意打ちでした。

 不覚でした。

 電光掲示板に流れる歌詞を読んだ瞬間、両目からぼたぼたと涙が落ちて止まらなくなった。

 何てすごい歌を書くんだ、この人は。

 こんな歌は、愛する人に拒絶され、裏切られ、傷つけられた「愛に絶望した経験がある人」にしか書けない。

 しかし、どう見てもこの人、20代前半だぞ。一体何者なんだ、この「中村中」ってのは?

 インターネットを検索して、やっと思い出した!去年の秋ごろ、性同一性障害(身体は男性で精神は女性)をカミングアウトして、新聞やテレビが大騒ぎしていた「なかむら・あたる」じゃないか!

 しかしこうして検索してみると、イヤラしいね、マスコミってのは。スポーツ新聞やテレビはもちろん、朝日新聞の「ひと」欄に至るまで、判で押したように「性同一性障害であることを公表した歌手・中村中さん」って扱いじゃないの。

 彼女はこれだけすごいミュージシャンなのに、その音楽的才能に言及する記述がほとんどない。

 そりゃヘンだ。おっちゃんに言わせればだね、彼女は「才能あるミュージシャンがたまたま性同一性障害だった」というにすぎんのだがね。

 こういう取り扱いを小生は「正の偏見」(ルビ:ポジティブ・バイアス)と呼んでおります。

「負の偏見」(ルビ:ネガティブ・バイアス)はもちろん、オカマだ、気持ち悪い、イジメちゃえみたいな「負の発想」を指します。

 逆に「正の偏見」は、マイノリティをマイノリティであるという理由だけでゲタをはかせ、甘く評価する。

 これ、一見間違ってないように見えるが騙されちゃいかん。

 何が「ノーマル」で何が「非ノーマル」か、評価者が勝手に決めてしまっていて、自分は「ノーマル」で「非ノーマル」を自分たちと同じとは見なさないという点では、「負の偏見」と同じ発想なのです。

 いや、善人ぶっているだけに余計にタチが悪いかもしれない。

 まあいいや。阿呆は放っとけ。

 ブルースの巨匠マディ・ウォーターズは「ブルースは、欲しいものが何でも手に入る人間にはできない音楽だ」と名言を残しています。

 小生は、中村中の音楽にブルースに通底するものを感じる。

 愛しても愛されない苦しみ、痛み、そして絶望。彼女はそんな「負の感情」を美しい音楽にできるからです。

 性同一性障害だなんて知らんでも、彼女の音楽は小生の魂を揺さぶりましたぜ。


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