「ホームレス中学生」 結末のわかっているリアリティドラマ [週刊金曜日連載ギャグコラム「ずぼらのブンカ手帳」]
今日はボヤキますよ。
ノンフィクションのライターなんて、インケツな商売を選んだものです。
まずカネに縁無ッシング。
だってノンフィクションって暗くて重くて、売れないんだもん。
ワタクシの書いた本なんか、1万部ちょっと売れたら担当編集者が赤飯炊いて芸者ワルツを踊ったらしい。
ノンフィクションもので10万部なんてメガヒット(死語)が出ようモンなら、もうそら出版社周辺で提灯行列ですわ。
だいたいこの週刊金曜日の連載かてやね、原稿料(ピー)円ですよ(ピー)円。どうです、ご想像より一桁違うでしょう。
ワーキングプア問題を取材する前に自分がワーキングプアになっとる。
そのインケツなノンフィクション業界で、なーんと200万部を売る特大ホームランが出たという福耳情報が入った。
ほほう、父親が破産して家族が離散、ホームレスになった中学生時代の実体験をつづった? そらすごいな。ライター、誰?
田村裕? この業界じゃ聞かん名前やなあ。
え、何? 吉本興業所属?
こら待たんかい、田村裕てお笑いコンビ「麒麟」のあの田村か!
しょうもない冗談かますな。そんなもん「ノンフィクション」に分類すな。「タレント本」に入れとかんかい。心臓に悪いがな。
が、この本「ホームレス中学生」、読んでみると意外にバカにできない。
中学二年生のある日、帰宅してみると自宅が差し押さえられ入れない。父親は家族の「解散」を宣言してそのまま蒸発。兄姉とも別れた田村少年は公園の巻き巻きウンコ型すべり台に住み着き、雑草に段ボール、鳩のエサのパンの耳を食ってサバイバル。ぷるる、なんちゅう泣ける話や。こんな話が九〇年代の大阪で本当に起きるなんて…おおおお。
へ? ちょっと待て。公園のホームレス生活は1ヶ月で終わりやんけ。
百九十一ページのうち、四十五ページしかあらへん。後は貧乏で悲惨な話は続くけど、いちおう家あるやん。こら、どこがホームレス中学生や。なんてね、
関西人は本読みながらでもツッコミ入れるんです。
ツッコミつつ、おっちゃんはわかった。暗く重い社会問題本がサッパリ売れないこのご時世に、なぜこの悲惨な話が売れるのか。
田村が人気者だから? もちろんそれもある。
それより何より、この悲劇の最後にはハッピーエンドが待っていることをみんな知っているからです。
ウンコ型すべり台でホームレスやっていた田村少年はやがて高校を出て吉本総合芸能学院に入り「麒麟」としてデビュー、テレビやラジオにレギュラーを多数抱える人気者に。そのホームレス体験を描いた本は大ベストセラーになり、田村はフェーマスリッチマン。
みんなそれ知ったうえで読んでる。つまりこれは安心して読める悲劇本、ハッピーエンドが決まってるリアリティ・ドラマなのです。
一方。
不景気と雇用崩壊のあおりをまともに食らった団塊ジュニア層が、自分一人食っていくこともままならぬまま三十歳を超えていく絶望感を「希望は戦争」という衝撃的な言葉に託した文筆家・赤木智弘氏にインタビューしたことがあります。
彼の「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か」は誠実な思考と丁寧な筆致に貫かれた良書ですが、売れ行きは五千部だったそうです。
こういう残酷な現実に打ちのめされている若者の方が、田村みたいな僥倖に恵まれた人よりはるかに多いんじゃないの?
ははははは。いくらリアルでも、ハッピーエンドじゃないと人は振り向かないんですね。
そこまでしてこの狂った現実から目をそらしたいですか、みなさん。
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