検索エンジンがあなたの知識を決めていいのか? ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]

例えばこのページを開いた読者のあなたが「これ書いてる烏賀陽弘道って一体何者?」と思ったとしよう。
最初にすることは何だろう。
インターネットがなかったころは、本屋なり図書館に行って「マスコミ電話帳」の「ライター」のページを開く、くらいしか方法がなかった。
が、今ならグーグルなりヤフーなり「検索エンジン」に「烏賀陽弘道」と打ち込んでネットを検索すればいい。
たちまち私が卒業した小学校の名前までわかる。試しにグーグルで実行してみたら、0.04秒で9万7200件もヒットした。私のマックのブラウザで表示すると9720ページにもなる。ページを繰っているうちにだんだんうんざりしてきた。
本人ですらそうなのだから、私を知らない読者なら、最初の1ページか2ページからいくつかリンクを拾って目を通すのが精いっぱいだろう。
ということは、あなたが「烏賀陽弘道」について知る情報の優先順位は検索エンジンが決めている、ということだ。
例えば「リンクが張られた数の順番に表示順位を決めている」というグーグルの場合、1番上に来るのは私の個人ウエブサイト「うがやジャーナル」である。これは私が自分で書いているウエブなので、ラッキー。なぜならあなたが「烏賀陽弘道」について真っ先に知る情報は私が自分でコントロールできるからだ。
これが「烏賀陽弘道」なんて社会の大勢に影響のないキーワードならどうでもいい。
しかし「チベット独立」とか「ヒラリー・クリントン スキャンダル」といった大きな社会問題だったらどうだろう。グーグルやヤフーがあなたの知識の優先順位を決めてしまって、本当にいいのか?
インターネット以前は、こうした「市民がパブリックな問題について何を知るべきか」の優先順位を決めるのはマスメディアの仕事だった。
新聞に掲載されるのかボツなのか。掲載されるのなら1面トップなのか、2面のベタ記事なのか。NHKが夜のニュースで何番目に報じるのか。どんな週刊誌がどれくらいのページ数を割くのか。
そんなマスメディアの「ニュース価値の判断」を読者や視聴者は言外のメッセージとして受け取っていた。いまグーグルやヤフーなど「検索エンジン」がやっていることは、それと同じなのである。
検索エンジンが完全に公正中立ならいい。が、現実はそれほど甘くはない。
一番有害なのは、検索エンジンが政府の言論統制に協力することだ。例えば、ヤフーやグーグルの中国版では「6-4(天安門事件が起きた6月4日のこと)」「法輪功」「チベット独立」「民主主義」といった、中国政府が反体制的と見なすキーワードを検索すると、ほとんど中国政府寄りのサイトしかヒットしないことを「国境なき記者団」や「アムネスティ」など欧米の人権団体が批判している。
つまり検索エンジンの運営会社が中国政府の検閲に協力している疑いが濃いのだ(念のため。経済の自由化が進んだので勘違いしている人が多いのだが、中国は今も共産党の一党独裁国家であり、欧米と同義の『民主主義』や『言論・表現の自由』はない)。
つまり中国でも「市民が何を知るべきなのか」を決めているのは検索エンジンであり、その首根っこを政府が抑えて、権力にとって都合の悪い情報を市民から遮断しようとしているという構図が見えてくる。
日本は憲法で言論の自由が保障されているし、検索エンジンも検閲を受けないからいいよね、などと楽天的なあなた。「検索エンジンで上位に表示されるようにウエブサイトを改良するビジネス」=Search Engine Optimization(検索エンジン最適化)が存在することをご存知かな?
インターネットを広告目的で使う企業や小売店にとって、このSEOがどれほど重要か想像してほしい。例えば「表参道 フレンチ レストラン」というキーワードで1ページ目に表示されることは、表参道に店を構えるフランス料理店にとっては死活問題だろう。
このSEOも中国政府の検閲も、検索エンジンを操作して市民が知る情報の流れを都合よくコントロールしたいという動機の点では結局同じなのだ。
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