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エルメスのエールバッグは「シンボリック・メディア」なのです ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]

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 多少古い話。新聞記者を経て大学教員をしている絵に描いたようなインテリキャリア女性が、あっさりと「冬のソナタ」にハマったと聞いて、その魅力を尋ねたことがあります。

 おもしろいことに彼女、登場人物のファッションを観察するのが楽しいんだそうです。

「ユジン(女主人公)の持っている鞄がエルメスのエール・バッグって設定がいいね。あれが同じエルメスでもバーキンだったらリアリティないもん」

 ブランドものに絶望的に無知な私は何のことかさっぱり分からず、家に帰ってインターネットでにわか勉強しました。

 なるほど!バーキンは80万円とか100万円とかするんですね!

 そりゃ小さな事務所に勤めるインテリアデザイナーのユジンにゃ無理だわ。

 おお、エール・バッグは20万円ちょっとか。鞄にしちゃ高いけど、ユジン、奮発して自分にご褒美あげたのかな?軽いし、モノをがばっと突っ込めて実用的だね。現場仕事の多いユジンにはちょうどいいわ。仕事に一生懸命だし、エルメスだし美的センスもさすがだね〜。

 などと想像が膨らむというわけです。

 ここで大事なポイントです。エルメスのエール・バッグは「ユジンの内面を他者に伝える情報伝達物」として機能しているってこと、お分かりかな?

 ユジンがどんな価値観や人格の持ち主なのか、鞄が情報を運ぶ。

 こういうふうに所有者の内面を他者に表現するモノを「シンボリック・メディア」などと申します。

 分かりやすい例でいえば、クルマ。BMWに乗っているのか、白い軽トラックに乗っているのかで、乗り手の内面はイヤでも他者に伝わってしまうでしょ? つまり鞄もクルマも、単なる「持ち物を運ぶ」「移動する」という「機能」だけでは語れないのです。

 もっと踏み込めば「消費=モノやサービスを買うこと」は、シンボリック・メディアを手に入れることです。つまりお買い物は「自己表現」なんです。

 いえいえ、私はブランド鞄のショッピングなんて低俗なことには興味がありません、英会話学校に通い、将来はアメリカのビジネススクールでMBAを取得して自分のキャリアを磨きたいと思います。とおっしゃるあなた。

 ご立派です。でもちょっと考えてください。

 英会話学校には授業料を払わないといけませんね。ビジネススクールだって、学費が必要でしょ? 

 そう、英会話学校とかビジネススクールといった「教育」だって、おカネを払わなければ手に入らない「商品」なんです。

 こういうふうに、ありとあらゆるモノやサービスに価格がつき、商品として流通する社会を「高度消費社会」と申します。

 さて、もしショッピングが自己表現なら、一番大切なことは何でしょう。その商品が自分の所有物となったとき、それを所有する自分を肯定できるかどうか、です。

 例えばあなたが二酸化炭素の増加による地球温暖化に心を痛める人なら、ガソリンをバカスカ食うクルマではなくハイブリッドカーに乗ることでしょう。

 よーく注意してください。ここで購入者であるあなたがより強い関心を持つのは「そのモノを身に付けた結果表現される自分自身」であって、商品そのものではない。

 最終的な関心はあくまであなた自身なのです。こういう商品の選び方を、社会経済学者の佐伯啓思という人は「ナルシシズム(自己愛)消費」と名付けました。

 さらに!1980年代中期以降に初等教育を受けた世代の日本人は「人間には必ず一人一人ちがう個性がある」という「個性信仰」を学校で叩き込まれています。文部省がそういうふうに指導の舵を切ったからです。

 いま、その世代が三十〜四十歳代、収入たっぷりの「消費盛り」の年齢に達している。

 だから、みなさん個性を表現しようと一生懸命ショッピングする。「自分の個性を表現しなくてはならん」「他人と同じではいかん」というオブセッションに取り憑かれているわけです。

 でも、この高度消費社会では、限られた既製品の範囲内で「個性を表現」するしかない。つまり、みんな選んでいるようで選んでいない。これは決して解決することのないジレンマです。

 この傾向は女性に特に顕著です。いつぞや本欄でも書きましたが「日本の企業社会は成人男子しかお手本を用意してこなかった」からです。

 日本女性にはまだ「標準ライフスタイル」が確立していない。だから、企業はありとあらゆる手段を使って「これがあなたの個性です。どうぞわが社の製品でそれを表現してください」と誘ってきます。

 お手本のない女性は「おお、こっちか」「いや、あっちだ」と右往左往するしかありません。それはまるでおもちゃ売り場ではしゃぎ回る子供のようでもありますが「自己愛消費=個性表現」という無限地獄に落ちてもがいているようにも見える。

 息苦しくないですか、ビッグ・ガールのみなさん?


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