小室哲哉逮捕に思う CD売れなくても音楽不況じゃない! ["NUMERO Tokyo"(扶桑社)連載コラム]
オバマ大統領就任式のはれやかな記事で一杯の夕刊(1月29日付)を開いたら、その隣に、やつれた小室哲哉が大阪地裁に入っていく記事が出ていた。
詐欺罪で起訴された小室の裁判が始まったのだ。
白髪が浮き、顔色の悪い小室、50歳。
力強い笑顔のオバマ、47歳。
多重債務者&詐欺犯と、初の非白人米国大統領。つい7年前までは小室も高額納税者に名を連ねる権勢の絶頂にいただけに、まるで日本のレコード業界の沈没を象徴するようで、このコントラストは残酷だった。
1990年代、TRFや安室奈美恵、Globeを送り出した小室は、間違いなく「Jポップ」成功の功労者だ。
日本のレコード市場が成長のピークを迎えたのは1998年だった。
「オーディオレコード」(CD,アナログ盤、カセットなど音楽ソフトの総称)の生産金額は戦後最大の6075億円と、それまでの約10年で市場規模は2倍に急成長したのだ(日本レコード協会による)。
この時期は、小室が人気の頂点へと上っていく時期と一致している。
そして、小室が借金地獄に転落していくのに合わせるかのように、日本のレコード市場も急激な不況に見舞われ、08年はとうとう最大時の半分以下(2961億円。前年比89%)にしぼんでしまった。「Jポップ景気」は終わったのだ。
しかし! と、私はあちこちで強調して回っているのだが、いまの日本は「CD不況」ではあるが「音楽不況」では決してない。「CDが売れない」からといってミュージシャンや作曲家が不景気に苦しんでいるかというと、そんなことはない。むしろ実態は逆なのだ。
もっとも雄弁な証拠として「著作権使用料」の増減を見てみよう。
音楽のレコードが売れたり、テレビで使われたり、カラオケで歌われたりすると、必ず「著作権使用料」が著作権の保持者・管理者に支払われる仕組みになっている。この著作権使用料、CDの売れ行きがダウンしていったその間にも、むしろ増えているのだ。
例えば、先ほどのオーディオレコードの生産額がピークだった1998年には985億円だった著作権使用料(日本音楽家著作権協会=JASRAC調べ)は、2007年には1156億円に増加している。
つまり、作曲家やミュージシャンへと流れるお金はむしろ増えているのだ。CDの売れ行きが激減しているのに、一体なぜだろう。
簡単に答えを言ってしまえば「CD以外の新しい音楽メディアが続々と登場したから」だ。
確かに、CDの売れ行きが減ったためCD関連の著作権使用料収入はガタ減りである。
が、一方で通信カラオケやインターネット経由の音楽配信、音楽DVDといった新興メディアが次々に登場、CD関連が減った分を埋め、それどころか著作権料全体を押し上げた。
「ネットの音楽配信って、いつの間にそんなに大きくなったの?」と不思議に思われるあなた。
「iTune Store」のようなPC端末型インターネットストアだけが「ネット音楽配信」ではないことにどうぞご注意を。日本には「着メロ」「着うた」「着うたフル」という、携帯電話をメディアとする巨大な音楽ネット配信市場がある。
そういう意味では、携帯電話は1億583万台(08年12月)も普及した、莫大な数の「音楽再生機」なのだ。おかげで、インターネット音楽配信としては、ネットストアより携帯を端末とする「着うた」系の方がはるかに大きな市場を誇っている。
アナログにせよデジタルにせよ、音楽を運ぶメディアがレコードだけだったころは話が単純だった。「レコードの売れ行きをカウントしたヒットチャート=人気の指標」だったからだ。
しかし、音楽を消費者に運ぶメディアがこれだけ入り乱れると、「着うたダウンロード数チャート」「iTune Storeチャート」「音楽DVDチャート」等々、様々なメディアごとにヒットチャートが成立してしまう。
そして、それぞれの楽曲の売れ行きを見てみないと「誰の何の曲に人気があるのか」が、さっぱりわからない。音楽メディアが違えば「人気曲」がちがうことだって当然あるだろう。複雑だ。
いま著作権使用料全体に占める「オーディオディスク」(CDなど)の割合は18.7%にすぎない(07年。JASRAC調べ)。
DVDやビデオは14.6%、インターネット配信は7.2%だ。近い将来、CDと他の音楽メディアの比率は、並ぶか、逆転する可能性が高い。
「レコードの売れ行き=人気の高さ」という伝統的な「ヒットチャート」は終わるだろう。
そして何が人気曲なのかわからない、ものすごく多様で、ものすごくややこしい時代が来る。
(文中敬称略
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