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CMクリエーターに自治の回復を [「月刊 民放」日本民間放送連盟]

 ぼくにとってCMは、番組に劣らず、テレビを見ることの楽しみのひとつだった。一撃で人の心を射ぬくようなコピーを聞けば、同じ言葉を生業とする人間として敬服せずにはいられない。腹を抱えて笑いたくなるユーモアを持った良質の喜劇があり、寸劇のようなストーリーの巧みな十五秒ドラマがある。私にとってのテレビCMは、創造性にあふれたクリエーターたちの作品展だった。そして、一人の音楽ファンとして「あの曲を、こう使うか」「よくそんな曲を見つけてきたな」という選曲の妙、「こんな美しい曲があったのか」という作曲の妙を楽しみにテレビCMを見ていたことは言うまでもない。

 ところが90年代前半ごろから、テレビCMがおもしろく思えなくなった。この時期は「タイアップ曲」がCMにつくことが当たり前になった時期とちょうど一致している。このころから、CM曲がことごとく予想の範囲内で、驚きがなく、クリエーターへの敬意を感じさせることがほとんどなくなった。残念ながら、これは否定できない。

 CMタイアップはJポップをテイク・オフさせた強力なエンジンだった。「Jポップ」が生まれた八八年から、ちょうど十年後の九八年、日本のオーディオレコード市場(出荷ベース)は戦後最大の六千七十五億円を記録したのだ。これは約十年で二倍という急成長である。 

 私は、拙著「Jポップとは何か」の取材で、オリコンのチャートを遡り、この十年間にトップ五〇入りした楽曲のうち一体何曲にタイアップがついていたのか、調べてみた。結果を知って驚いた。九〇年代、ほぼ一貫して五十曲のうち四十曲以上がタイアップ曲だったのだ。売り上げ最高記録年の前年・九七年に至っては四十七曲である。さらに調べてみると、この時期は、電通をはじめとする広告代理店が、スポンサー企業とポピュラー音楽産業を仲立ちする「キャスティング」業務を部局化していった時期とぴったり重なる。

詳しくは拙著を参照していただくとして、雑ぱくに言うと、タイアップがチャート上位に送り込んだ曲は、どれも多少の個性の差はあるが「無難」であることは共通している。社会のマジョリティ、メインストリームが眉をひそめることがない。子どもに聞かせても親は安心。米国のロックやヒップホップ、ブルースなら普通によくある、マスメディアにも省みられないような少数者の声が社会に届けられることもない。

 これはタイアップの宿命かもしれない。洋の東西を問わず、スポンサー企業は広告(内容だけでなく出演者、音楽を含め)がcontroversial(物議を醸す)であることを嫌う。もとより広告は最大多数が商品を購入するよう説得するのが目的であって、社会のマジョリティが合意済みか、合意可能な範囲でつくられる。マジョリティの合意を必要としない音楽表現とは、最終目的がまったくちがう。

 こんなことを考えているのは、私だけではない。良心的な広告業者たちは、CMのタレント依存やタイアップ曲依存に強い危機感を持っている。「安易なタレント依存はクリエーターたちの創造性を奪う」という警告の発言を、新聞や著作でしばしば眼にする。

90年代、音楽産業・テレビ・広告産業の三者が共存共栄する「オール・ウィナー」型ビジネスモデルだったタイアップは、もしかすると、いつの間にか全員共倒れ=「オール・ルーザー」型に変質してしまったのかもしれない。テレビCMはつまらなくなり、音楽は売れず、広告製作の創造レベルは低下する。そんな悪夢のシナリオが現実になりつつあるのではないか。

 タイアップ全盛期、あるパソコン機器メーカーが広告代理店に「何でもいいから元気のいいのを」「何でもいいからオリコン30位以内のを」と注文した、というエピソードを取材したことがある。その結果選ばれたローティーンの女の子4人組みは、あっという間に人気者になり、あっという間に消えていった(注:このグループはSPEEDという名前だった)。

 これは大胆すぎる提言なのかもしれないが、音楽を含め広告のクリエイティブ部分は、専業クリエーターたちの自治をもっと大幅に回復すべきではないのだろうか。企業経営者は経営のプロなのであって、音楽センスを期待するのは無理がある。スポンサー企業は、社内の上層部を説得しやすい、実績のある「大物ミュージシャン」を偏愛する傾向があることも、CM音楽の内容を偏らせている。新人や、セールスは地味だが良質の音楽をつくるミュージシャンの採用は、スポンサーを説得できないからだ。こうした「スポンサーが愛好するミュージシャンやバンドがCMタイアップに乗り、大ヒットし、チャート上位を独占する」という繰り返しが、90年代の日本のポピュラー音楽をいかに「無難」でつまらないものにしたか、その功罪を問い直す時期に来ていると思う。

=「月刊 民放」2005年8月号

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